ハス 花言葉「清らかな心」

更新日:2026.08.25 公開日:2014.08.13
美しい蓮の花が咲いている

蓮といえば仏さまの花、と思っていました。ところが『万葉集』を繰ってみて、少し驚いたのです。蓮を詠んだ歌は四首。そのうち三首が、宴の席の歌でした。

ひさかたの 雨も降らぬか 蓮葉に 溜まれる水の 玉に似たる見む

ひさかたの あめもふらぬか はちすばに たまれるみづの たまににたるみむ

『万葉集』巻十六・三八三七

雨が降らないものかしら、蓮の葉に溜まった水が、玉のようになるのを見たいから。左注によれば、右兵衛という官人が役所の宴席で蓮の葉に食べ物を盛ったところ、まわりから蓮の歌を、と促されて、その場で詠んだ歌だそうです。ここでの蓮の葉は、荘厳の花ではなく、器なのですね。

同じ巻に、長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)の一首もあります。

蓮葉は かくこそあるもの 意吉麻呂が 家なるものは 芋の葉にあらし

はちすはは かくこそあるもの おきまろが いへなるものは うものはにあらし

『万葉集』巻十六・三八二六

蓮の葉はこうでなくてはいけませんね、うちにあるのは芋の葉のようなものですよ、と。宴席の戯れ歌です。もう一首、「勝間田の池は我れ知る蓮なし しか言ふ君が鬚なきごとし」(かつまたのいけはわれしるはちすなし しかいふきみがひげなきごとし/巻十六・三八三五)も軽口の歌です。新田部皇子が勝間田の池の美しさを熱く語ったのに対して、聞いていた女性が「あの池に蓮なんてありませんよ、あなたに鬚がないのと同じで」と返した、という一首。残る一首は巻十三の長歌(三二八九)で、剣の池の蓮葉に溜まる水が詠まれます。

四首のうち三首が、笑いや座興のなかにある。万葉のころの蓮は、仰ぎ見る花というより、暮らしのなかの草だったのだろうと思います。

では、泥の中から清らかに咲く、というあの蓮の像は、どこから来たのでしょう。

譬えば、高原の陸地には蓮華を生ぜず。卑湿の淤泥にすなわち此の華を生ずるが如し。

譬えば=たとえば/蓮華=れんげ/卑湿=ひしつ/淤泥=おでい

『維摩経(ゆいまきょう)』仏道品(ぶつどうほん)

高く乾いた土地に蓮は咲かない。低く湿った泥のなかにこそ、この花は生まれる。仏の教えは清らかな場所ではなく、煩悩のただなかにこそ根を下ろすのだ、という譬えです。

さきほどの「一蓮托生」の蓮も、この系譜にあります。万葉の蓮が「器としての葉」なら、経典の蓮は「泥から立ちあがる花」。ひとつの植物に、まったく別のまなざしが重なっている。そのことのほうが、私にはおもしろく思えます。

万葉の歌では「蓮葉」と書いて「はちすは」と読みます。「はす」ではなく「はちす」。

花が終わったあとに残る花托(かたく)が蜂の巣に似ているので「はちす」、それが縮まって「はす」になったと言われます。名前が、咲いている姿ではなく、散ったあとの姿から来ている。この植物の性格が、そこに出ているような気がします。

乾燥した蓮の花托。蜂の巣に似た形が「はちす」の名の由来

「蓮の花言葉は」と検索して、このページに来てくださった方に、ひとつだけ。

花言葉という習わしは、それほど古いものではありません。十九世紀の西欧で盛んになった流行で、最初期の辞典とされるシャルロット・ド・ラトゥール『花言葉(Le Langage des Fleurs)』が出たのが一八一九年ごろ。日本に入ってきたのは明治の初めで、その後、日本独自の花言葉も盛んに作られました(田寺寛二『花ことば』良明堂書店、一九〇九年など)。

つまり蓮の花言葉は、『万葉集』よりも千年以上、『維摩経』の譬えよりも、ずっと若いのです。

花言葉が軽い、と言いたいのではありません。ただこの花には、花言葉が生まれるはるか前から、人が言葉を寄せてきた。それを知って眺めると、同じ蓮が少し違って見えてきます。

切り花の蓮は、水が上がりにくい花です。茎の中が空洞で、切り口から空気を噛んでしまう。お盆のころに入荷することはありますが、けっして扱いやすい花ではありません。だから店先に並ぶ機会も、そう多くはないのです。

万葉の歌が見ていたのも、むろん花屋の花ではなく、池に自生する蓮でした。宴の席では葉を器にして、そこに溜まった雨水を眺めていたらしい。そんな景色を現代にて同じように見たいと思ったら、この花は買ってくるのではなく、池のほとりまで出かけていくしかありませんね。

買えない花がある。それも蓮という花の、いいところだと思います。

今日もいちりんあなたにどうぞ。

ハスのはな 花言葉「清らかな心」

美しい蓮の花と葉

フラワーギフト専門店 花以想 店主 鈴木咲子

フラワーギフト専門店 花以想 店主 2002年 通販サイトHanaimo開業。

趣味は読書、文学に登場する植物を見つけること。高じて『花以想の記』を執筆中。2024年 5月号『群像』(講談社)に随筆掲載。ベストエッセイ2025『花壇の思い出』掲載