カキツバタ 花言葉「幸せがくる」

■ 古代と現代をつなぐ花 杜若(かきつばた)
好い季節になりました。旅もよし、散策もよし、じっとしているには惜しいほど、陽気にうかされる5月。先日ふと思い立ち、南青山の根津美術館を訪ねました。そこで目にしたのは、尾形光琳の代表作「燕子花図(かきつばたず)」。総金地の屏風に、濃淡の群青と緑青だけで描かれた燕子花の群生は、庭園に咲く杜若(かきつばた)と響き合い、目にも心にも深く染み入る美しい色合いでした。
■ 伊勢物語と杜若の歌
伊勢物語には在原業平の故事として知られる歌があります。
唐衣 きつつなれにし つましあれば
はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ
これは三河・八つ橋に咲く杜若を見て、都に置いてきた妻を思い出し、旅の遠さと恋しさを重ねた歌です。光琳の「燕子花図」も、この歌を画題にしていると伝わります。杜若の紫は、古典文学においてもしばしば「恋」「旅」「想い」を象徴する花として詠まれてきました。
■ 「かきつけ花」から「燕子花」へ
「かきつばた」という名は、花の汁を布にこすり付けて染料とした「書き付け花」が転じたものとも言われます。また、紫紺の燕が舞うように見える姿から「燕子花」と書かれることもあります。
昔は火事や大風を防ぐと信じられ、わら屋根の上に植えられることもあったそうです。民俗的にも暮らしと深く結びついた花でした。
■ あやめ・花菖蒲との違い
杜若はよく「あやめ」や「花菖蒲」と混同されますが、それぞれ咲く環境や季節に違いがあります。
- あやめ … 乾いた土地に自生する
- 杜若(かきつばた) … 池や湿地に咲く
- 花菖蒲 … 初夏に咲き、園芸品種としても人気
また、アヤメ科の中で最も早く咲くことから「一初(いちはつ)」とも呼ばれています。見分けが難しい花ですが、その違いを知ると、より深く愛でることができます。
■ 季節をつなぐ紫の花
花菖蒲に比べ、杜若の紫にはどこか素朴で、ひなびた趣があります。紫の花は四季をつなぐ存在でもあります。
- 春を謳歌する すみれ
- 春を惜しむ 藤
- 秋を呼ぶ 桔梗
その合間に咲くのが、杜若の群生です。山に紫陽花が咲き、軒先には朝顔が揺れる。その光景が折り重なっていく時期、自然と心は外へ誘われます。
■ さいごに
ああ、やはり好い季節です。旅もよし、散策もよし。5月は心を奪われて旅に出たとしても許されるでしょう。なにせ花も山も、「おいで、今よ」と呼びかけているのです。
──古代と現代をつなぐ花、杜若なり。
今日もいちりんあなたにどうぞ
杜若(かきつばた) 花言葉「幸運は必ず来る」

インテリア系専門学校に進学後、進路転向し花の世界に。ドイツ人マイスターフローリストに師事。2000年に渡独、アルザス地区の生花店に勤務し帰国後、2002年 フラワーギフト通販サイトHanaimo開業。趣味は読書、文学に登場する植物を見つけること。高じて『花以想の記』を執筆中。2024年 5月号『群像』(講談社)に随筆掲載。一般社団法人日本礼儀作法マナー協会 講師資格。