ささやかだけど役に立つこと

アメリカの小説家レイモンド・カーヴァーの作品に『ささやかだけれど、役にたつこと』(原題 A Small, Good Thing)という短篇があります。
日本語訳は村上春樹氏、12編の短篇から成る『Carver’s Dozen レイモンド・カーヴァー傑作選』にも収録されています。

実は村上春樹もカーヴァーもほとんどの作品を読んだことが「ない」のですが(笑)、この作品に限っては何度も読み返すほどに気に入っています。
書かれているのはある夫婦の朴訥とした日常なのですが、不思議となんど読んでも、ちいさな感動がさざ波のように体の中に広がるのを感じて、大好きというよりは大切にしている作品のひとつです。

あらすじは、

ある夫婦が、愛息の誕生日にパン屋にケーキを予約します。ところが誕生日当日、息子は事故に巻き込まれてしまいます。
病院で昏睡状態の息子に付き添うことになった夫婦は、予約したケーキのことをすっかり忘れてしまいます。

しかしそんな状況を知らないパン屋は、予約客の母親に何度も電話をかけ続けます。
誕生日から数日後、夫婦の息子は亡くなりました。悲しみに暮れる中、突然ケーキのことを思い出した夫婦は、あわててパン屋に向かい息子が事故で亡くなったことを話しますが、愛想のないパン屋を相手に、次第に母親はやり場のない悲しみと憤りを爆発させます。

「あの子は死んだの。死んだのよ、こん畜生!」
「こんなの、こんなのって、あんまりだわ!」

当初、予約をすっぽかされ冷淡な態度を崩さないパン屋も、夫婦の不幸を知り、まもなくして声をかけ始めました。

「あんたのお子さんのことはお気の毒だった。そしてあたしのやったことは、本当にひどいことだった。

そういってパン屋は、焼き立てのパンとコーヒーを夫婦に差し出しました。
「良かったら、あたしが焼いた温かいロールパンを食べてください。ちゃんと食べて、頑張って生きていかなくちゃならんのだから。」
「こんな時には、何かものを食べることです。それはささやかなことですが、助けになります。」

愛息を失い孤独と悲しみにひしがれていた母親でしたが、急に空腹を感じて出されたパンを食べだします。パン屋はそれを見て喜び、自分の人生について話し始めます。
それは夜が明けるころまで。

という話。

まるで古い映写機から覗いて見るような朴訥とした情景は、日記にも手紙にも記されないような何でもない日常です。それは人の感情にも似たような、不可視な日常。

しかしそんな誰の気にも留めない「見えないもの」にとっても、助けになるものがあることに気づかされました。それは「信頼」です。

目に映ることばかりが頼りになるのではなく、目には見えなくても信じることができれば、それは支えになる。

この作品を思い出しては、たびたび読み返し、私はどうだろうと考えます。そして胸の奥にこだまします。ささやかだけれど役に立つこと。ささやかだけど役に立つことを。

今日もいちりんあなたにどうぞ。
シュウメイギク 花言葉「忍耐」