喜びをみつけ、きもちが沈んだら笑う。

誰かが喜んでくれることほど嬉しいことは、人にとってない。どうすれば喜んでくれるだろう。あのひとの本当の幸せはなにかしらと、思えることは幸せなこと。相手の本物の幸せと喜びは、きっと自分にも連鎖するから。そんなふうに思っています。

善人ぶるつもりはなく、ただどういうわけか自分が辛かったり哀しいときほど、自分のことを余所にして、ひとの事ばかり一生懸命に考えてしまう変なクセがあり。そのひとが損しないためにはどうすればいいかとか、相手にとって本当に大切なことは何だろうと、余計なお世話と知りながら、何の役にも立たないのにあれこれ考えはじめてしまうのです。

今月はなんだかやたらに忙しかったから、沈む暇もなかったけれど、喜びをみつけ、きもちが沈んだら笑う。そう思って過ごしていました。そんなひと月を振り返っているなか届いた一通のメール。

 

お世話になります
この度はありがとうございました

贈った相手や一緒に贈ったメンバーにもとても喜んでもらえました
ありがとうございました

・電話対応
・丁寧な説明
・すばらしいご提案
・出荷までのスピード
・注文からフォローまでの完成された仕組み
・お花のセンスやクオリティ…とにかくおしゃれ

全てが最高でプロフェッショナルでした
とても喜んでいただけました ありがとうございました

 

嬉しい言葉を目にするたびに、まだまだ。まだまだって思います。そしてきっとまた、あなたはどうすれば喜んでくれるだろう。あなたの本当の幸せはなにかしら。あなたにとって本当に大切なことは何ですか。余計なお世話と知りながら、私はきっとまたきっと、いつまでも考えているのだと思います。