人の幸福が星ならば、人を思えるって幸運だ。

あるとき、日々のしごとをなんとなく振り返りながら、表現することについてあれこれ考えていました。

世の中にはいろんな表現物があるけれど、どんな地味な産物であれ、生み出されるものは皆、人の幸せを叶えるために存在しているはず、そんなことを考えていました。

たとえば椅子のカタチも、街中のサインも、電車の中吊り広告も、サービスも、人が表現するものは何だって、人を思い、人を支え、人を助け、人を愉快にもし、人を慰めもし、人を喜ばせ、人を幸せにするために生みだされている、ということを。

ものごとの至る道のりや見え方は違っても、この世に生みだされるものは皆「人の役に立つため」に存在するのだ、ということを。

そんなことを考えていたら、しごとをする上で人の幸せというのは、まるで北極星のようだと思ったのでした。

もしも人の幸福が星ならば、人を思えるって幸運だ。なぜなら誰かを思い続けるかぎり、私たちはあの星に照らされ、自分の道を見失うことはないのだから。